染色不要で小さな分子の濃度分布を撮影できる顕微鏡を開発~レーザ1台で動作するコヒーレントラマン顕微鏡の撮影速度を200倍以上高速化~

染色不要で小さな分子の濃度分布を撮影できる顕微鏡を開発
~レーザ1台で動作するコヒーレントラマン顕微鏡の撮影速度を200倍以上高速化~

【ポイント】
? 低分子化合物の濃度分布を染色せずに撮影できる顕微鏡を開発しました。
? 光パルスの時間波形を制御することで、レーザ1台で高速な撮影が可能になりました。
? 将来的に医薬品や化粧品の開発、食品、材料の品質評価などへの応用が期待できます。

 中国竞彩网大学院工学研究院の三沢和彦教授、同大学院工学府の伊藤輝将特任助教※らの研究グループは、染色不要で生体観察できる次世代の顕微鏡技術として注目されているコヒーレントラマン顕微鏡の分野において、装置コストを削減しつつデータ取得速度を大幅に高速化した新たな顕微鏡システムの開発に成功しました。このシステムを用いると、小さな分子の濃度分布をありのままで撮影することが可能になります。例えば、生体組織の外から与えた薬剤が、どこにどれくらいの量だけ吸収されるのかを画像から解析することが可能になると期待されます。

 本研究成果は国際学術誌Journal of the Optical Society of America B(米国光学会論文誌B)に2017年4月25日に掲載されました。

"Single-beam phase-modulated stimulated Raman scattering microscopy with spectrally focused detection"(スペクトル集光検出を用いた単一ビーム位相変調?誘導ラマン散乱顕微鏡)Journal of the Optical Society of America B, Vol.34 (2017).
https://www.osapublishing.org/josab/abstract.cfm?uri=josab-34-5-1004

 なお、この成果はAMED先端計測分析技術?機器開発プログラム(参画機関:中国竞彩网、東京医科歯科大学、ワイヤード株式会社)の支援のもとで行われたものです。

研究の背景と経緯
 私達の身の回りにある多くの物質は、原子同士が結合された分子の形で存在し、原子間の距離はそれぞれ異なる周波数で振動しています。ラマン顕微鏡は、分子に光が通過するとき、振動によって波長のずれた光(ラマン信号)がわずかに出ることを利用して、人間の目では見分けることができない化学物質の濃度分布を画像化する技術です。一般的に、生体に含まれる化学物質を区別して観察するには試料を染色する必要があります。しかし、低分子化合物のような小さな分子の中には、染色すると本来の生理活性作用が失われてしまうものもあります。そのような小さな分子の細胞や組織中の濃度分布も、ラマン顕微鏡を用いることで、染色せずにそのまま観察することが可能になります。
 近年、瞬間的に発光するパルスレーザでラマン信号が増強されることを利用した「コヒーレントラマン顕微鏡注1)」が、高速な非染色撮影を可能にする次世代技術として注目されています。現在、国内外でこの技術を用いた先端研究が生命科学、創薬、医療などの分野で進められています。通常のコヒーレントラマン顕微鏡では、波長の異なる2つ以上のパルスレーザを用意し、さらにパルス光のタイミングを完全に合わせる必要があります。そのため、システムが複雑かつ高価となり、それがこの技術の普及を阻む大きな障害になっていました。研究グループでは、この先端顕微鏡をレーザ1台だけで実現する「位相制御コヒーレントラマン顕微鏡」を開発し実用化を推し進めるとともに、生体組織中での低分子化合物の濃度計測を実証した例をはじめ、生命科学分野での有用性を示してきました。〔2015年9月8日本学プレスリリース〕

図1 開発したコヒーレントラマン顕微鏡システムの概略図

 この単一ビーム方式のコヒーレントラマン顕微鏡は、簡素かつ安価という利点がある一方で、周波数分解能(異なる分子を振動数の違いから区別するための性能)を高くしようとすると、検出に用いるパルスの波長幅を狭くする必要がありました。検出パルスの波長幅を狭くするとラマン信号強度が強く取れないため、これまでの単一ビーム方式では周波数分解能と画像取得速度の性能を両立することが難しいという課題がありました。

技術の概要
 今回新たに開発した顕微鏡システム(図1)では、1台のレーザ装置から出てくるパルス光を3つのパルスに分割し、それぞれの時間波形を精密に制御してから試料に照射することで、単一ビーム方式の信号取得性能を大幅に向上させました(図2(a)、2(b))。

図2 開発したコヒーレントラマン顕微鏡システムの模式図と撮像例:(a) 光パルスと分子振動の時間波形、(b) レーザ周波数帯域の割当、(c) 左:低分子化合物であるセボフルラン液滴の透過像、中央:光パルス波形を共鳴振動数に合わせたときのラマン信号像、右:共鳴振動数以外に合わせたときのラマン信号像(スケールバーは20μm)

 1つ目のパルスは10~20フェムト秒の超短パルス(1フェムト秒=1000兆分の1秒)であり、試料の分子振動を強制的に開始させるために用います。その直後に、残り2つのパルス光を同時に照射すると、波長の違いにより光の時間波形に「うなり」が生じます。コヒーレントラマン過程では、うなりの周波数と一致する振動数の分子振動を起源とする光信号を取り出すことができます。その信号量を光検出器で測定しながら、レーザ集光点の位置を動かしていくことで、化学物質の濃度の情報を画像化することができます。
 開発した新システムでは、従来のように検出パルスの波長幅を狭くする代わりに、研究グループが培ってきた波形整形技術注2)〔2016年9月5日本学ニュース〕を駆使して、信号検出に用いる2つのパルスのうなりの周波数幅を狭くすることに成功しました。これにより、周波数分解能を保ったまま、従来の単一ビーム方式と比較して1/200以下の時間で画像データを取得できるようになり、低分子化合物の顕微鏡撮影への道が開かれました。
 
 図2(c)は無色透明の低分子化合物である吸入麻酔薬(セボフルラン)の液滴を水中で観察した例です。試料を透過した光を観測すると(図2(c)左)、水と麻酔薬では光に対する屈折率が異なるため、液滴の周囲で光が散乱して円形の縁が見えています。しかし、どちらも透明な液体であるため、円の内部と外部でどちらが麻酔薬なのかは区別ができません。これに対しラマン信号像(図2(c)中央)では、麻酔薬分子の共鳴振動数に合わせて光パルスのうなりの周波数を調整することにより、麻酔薬だけをコントラスト良く抽出して画像化することに成功しています。

応用分野?今後の展開
 この顕微鏡を使って撮像すると、1つの画像の中の明るさの濃淡(信号強度)がそのまま化合物の濃度分布となるため、生体組織の外から与えた薬剤が、どこにどれくらいの量だけ吸収されるのかを画像から解析することが可能になります。この技術は、例えば皮膚外用薬や点眼薬の開発などに応用できる可能性があります。この他にも、食品、化粧品などの品質評価、印刷用インク等の有機材料や半導体素子の性能評価など、広範な産業分野への展開が期待されます。

用語解説
注1)コヒーレントラマン顕微鏡
集光したレーザを試料に走査して画像を得るレーザ顕微鏡の一種。瞬間的に光るパルスレーザを試料に照射して分子振動を強制的に開始させ、そこにさらにもう1つのレーザを照射すると、分子の振動数の分だけ周波数がずれた新しい信号光が放出される。この信号光の周波数から分子固有の振動数を、信号の強さから濃度をそれぞれ測ることができる。染色が不要なラマン顕微鏡の中でも、特に高い感度を持つ次世代技術として注目されている。

注2)波形整形技術
レーザパルスを回折格子等を使って光の波長ごとに分割し、液晶素子等を用いて波長ごとに光の位相を制御することで、目的の時間波形を持つ光パルスを生成する技術。

〔2015年9月8日リリース〕マウス組織に投与した低分子化合物の濃度分布測定に成功
http://www.tuat.ac.jp/disclosure/pressrelease/20150409130023/20150911/index.html

〔2016年9月5日ニュース〕英国科学誌『Advances in Physics:X』に本学の三沢和彦教授によるレビュー論文が掲載されました
http://www.tuat.ac.jp/NEWS/research/20160905_01.html

※ 現所属:中国竞彩网?大学教育センター

◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院
工学研究院 先端物理工学部門
教授 三沢 和彦
kmisawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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プレスリリース (PDF:610KB)

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