流体中の力と光の関係を解明 ナノ結晶と偏光で非接触の応力測定に成功!~血液や複雑な液体の内部応力を正確に測定可能な技術へ~
流体中の力と光の関係を解明
ナノ結晶と偏光で非接触の応力測定に成功!
~血液や複雑な液体の内部応力を正確に測定可能な技術へ~
国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院先端機械システム部門の田川義之教授らは、微量のナノ結晶を流体に添加し、流れによる偏光変調を安定させることで、「非接触(リモート)」で流体の内部応力を正確に測定する新しい手法を開発しました。この手法を使って、注射中の薬液が身体に及ぼす力の正確な測定や、脳動脈瘤の発生メカニズムの解明を進めることで、人体への影響を最小限にする治療法への展開が期待されています。
本研究成果は、科学誌「Cellulose」(7月27日付)に掲載されました。
論文タイトル:Flow birefringence of cellulose nanocrystal suspensions in three-dimensional flow fields: revisiting the stress-optic law
(和訳:三次元流れ場におけるセルロースナノ結晶懸濁液の流動複屈折:応力光学法則の再検討)
著者:Kento Nakamine, Yuto Yokoyama, William Kai Alexander Worby, Masakazu Muto, Yoshiyuki Tagawa
DOI:10.1007/s10570-024-06045-x
URL:https://doi.org/10.1007/s10570-024-06045-x
現状
血液などの「流れ」は様々な要素が関与して形成されるゆえに予測が難しく、脳動脈瘤の破裂、血中がん細胞の転移、網膜剥離など様々なリスクを生じます。そのために正確に力を正確に測定する必要がありますが、流れに影響を与えてしまうことを避けるため、非接触で流れを測定することに価値があります。しかし、これまでの測定手法では難しく、特に三次元的な速度分布を持つ流体中の力を捉えることは困難でした。
研究体制
本研究は、中国竞彩网大学院 田川義之教授(工学研究院先端機械システム部門)、中峰健登氏(工学府博士前期課程修了)、ウォービーウィリアム海アレクサンダー氏(工学府博士課程学生)、横山裕社氏(工学府博士後期課程修了)により実施されました。
研究成果
本研究では、様々な濃度のナノ結晶を含む懸濁液を用いて、矩形管流路(断面が長方形の流路)で偏光変調(光の偏光状態が変化する現象)データを測定しました。この結果、従来の理論では無視されていた観察者の視線方向に沿った応力成分を考慮することで、3次元的な流れを正確に測定できること、およびその方法を明らかにしました。この研究により、非接触で流体の内部応力を測定する新しい手法を提案しました。
本研究グループは、微量のナノ結晶を流体に添加することで、流体に入射させた光の偏光変調を発現させました。そして、この偏光情報から流体内部の応力を正確に推定する方法を提案しました。
具体的には、従来の「応力光学則(応力-流動複屈折の関係式、一次応力光学則)」と、従来では無視されてきた視線方向に存在する応力分布をも考慮した「二次応力光学則」を比較しました。実験データは二次応力光学則モデルと良好に一致し、視線方向の応力成分を考慮することの重要性を明らかにしました(図1)。これにより、これまでの測定で高流量や三次元流れ場の応力測定が行われてこない原因をつきとめると同時に、複雑な流動における様々な力の非接触測定への重要な一歩を踏みだしました。
本研究は、JSPS科研費19K23483、20H00222、20H00223、20K14646、22KJ1239、AMED JP22he0422016、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「“力”を既知とする新しい流体科学」(JPMJPR21O5)の支援を受けて行われました。
今後の展開
非接触な流体応力場測定手法の構築:今回の研究成果は、血液の内部応力を非接触で測定する技術として応用でき、脳動脈流の発生メカニズムの解明や、複雑な流体の動きを正確に予測することに貢献します。今後は、この新しい手法をさらに発展させ、より広範な流体応用分野への展開が期待されます。特に、医療分野においては、血流や脳動脈流の詳細な解析が可能となり、診断や治療の精度向上に寄与することが期待されます。
工業分野への応用:また、工業分野においても、この技術はハチミツやマニキュアのような粘度の高い液体の挙動解析や流体制御の精度向上に貢献することが見込まれます。具体的には、インクジェット印刷や3Dプリンティングなどの高度な造形技術において、流体の挙動を正確に制御することが求められる場面での応用が期待されます。これにより、製品の品質向上や製造プロセスの効率化が図られるでしょう。
学術研究への貢献:今回の研究は基礎科学の分野でも大きな貢献を果たします。流体力学分野にとどまらず、物理学、化学や生物の研究者にとって、この新しい手法は流体の応力分布を正確に把握するための強力なツールとなり得ます。これにより、流体の基本的な挙動を理解するための新しい知見が得られることが期待されます。
国際的な共同研究と展開:今後は、国際的な共同研究を通じて、さらに多くの応用分野でこの技術の有効性を検証していく予定です。
用語説明
偏光変調
光の偏光状態が変化する現象。流体中の応力によって光の偏光が変化するため、応力の測定に利用される。
応力光学則(一次?二次)
応力と偏光変調の関係を説明する法則。固体や流体中の応力を偏光変調を通じて測定する際に用いられる。一次光学応力則とは、応力と偏光変調量の関係式から、応力の一次成分のみを考慮したもので、視線方向に垂直な断面上(平面上)の応力成分のみが考慮される。これに対し、応力の二次成分まで考慮したものが二次光学応力則であり、視線方向の応力成分まで考慮に含まれる。
ナノ結晶
ナノメートルサイズの結晶構造を持つ粒子。流体中に添加することで偏光変調を発現させる。
非接触測定
物体に直接触れることなく、リモートで測定を行う方法。流体の応力を測定する際に流れを乱さないために重要。
矩形管流路
流体を通すための矩形(長方形)断面の流路。実験で用いられる。
せん断応力
流体の層が互いに滑るように動く際に発生する応力。血流やがん細胞の転移に関わる。
光弾性測定
物体に応力が加わったときに発生する偏光変調現象を利用して応力分布を測定する方法。
視線方向の応力成分
観察者の視線方向に沿った応力成分。三次元流れ場での精度向上に重要。
三次元流れ場
流体の流れが三次元的に展開する場。複雑な流体の動きの解析において重要。
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院 工学研究院
先端機械システム部門 教授
田川 義之(たがわ よしゆき)
TEL/FAX:042-388-7407
E-mail:tagawayo(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp