質量分析計(HPLC-MS)を用いた微量ジストロフィンタンパク質の絶対定量法確立
質量分析計(HPLC-MS)を用いた
微量ジストロフィンタンパク質の絶対定量法確立
国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院?生命機能科学部門の稲田全規 准教授、富成司 特任助教(当時)、高戸谷賢 博士課程大学院生、国立精神?神経医療研究センター神経研究所の青木吉嗣 部長、オックスフォード大学のItoh教授らで構成された国際共同研究チームは、トリプル四重極型HPLC-MSを用いて、マウスおよびヒト骨格筋サンプルにおける、微量ジストロフィンタンパク質を絶対定量する方法を確立しました。ジストロフィンは筋細胞膜の裏打ちタンパク質であり、ジストロフィンの欠損はデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)と呼ばれる重篤かつ進行性の筋難病の原因となります。現在、ジストロフィンの定量法はウェスタンブロット法や免疫組織学的手法といった半定量法しか確立されておらず、質量分析計を用いた絶対定量法の確立が急がれていました。本発見は、近年、DMDの新たな治療法として開発が進んでいるエクソン?スキップ薬などの遺伝子治療薬の効能評価において、ジストロフィンの発現回復を定量する手段として大きく期待されます。
本研究成果は、国際科学学術誌International Journal of Molecular Science誌(2023年12月25日付)に掲載されました。
論文タイトル:Establishment of a Triple Quadrupole HPLC-MS Quantitation Method for Dystrophin Protein in Mouse and Human Skeletal Muscle
URL:https://www.mdpi.com/1422-0067/25/1/303
研究の背景
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は筋細胞膜裏打ちタンパク質であるジストロフィンの欠損が原因となるX連鎖劣勢遺伝形式の重篤な筋疾患です。現在の治療法はステロイドによる対症療法でしたが、近年、国立精神?神経医療研究センター(NCNP)によって、核酸医薬を用いたエクソン?スキップ療法が開発されました。この治療法はDMDの原因となるジストロフィン遺伝子の変異箇所をスキップしたジストロフィンを作らせることでDMDの症状を抑えます。ジストロフィン遺伝子の変異箇所は患者さんにより異なりますが、遺伝子検査を行うことで治療できる可能性が生まれます。一方、エクソン?スキップ療法で産生されるジストロフィンは変異箇所により構造が異なり機能性も変わると考えられていることから、作られたジストロフィンの量を正確に把握することが重要になります。ジストロフィンは横紋筋の総タンパク質の約0.01%と極めて少量であるため、既存の半定量法での評価が一般的であり、質量分析計を用いた絶対定量法の開発が急務でした。
本学工学府生命工学専攻とNCNP、オックスフォード大学で構成される稲田研究チームでは、トリプル四重極型高速液体クロマトグラフ質量分析計(HPLC-MS)を用いたジストロフィンの絶対定量法の検討を進めてきました。本研究ではその成果として、野生型マウス(WT)、ジストロフィン欠損マウス(mDMD-null)、ヒトジストロフィン発現マウス(hDMD-tg/mDMD-null)、および、ヒト骨格筋生検を用いた分析を進め、ジストロフィンの高感度な絶対定量法を確立しました。
研究体制
本研究は国内外の共同研究者と実施したもので、主な構成は以下の通りです。
○中国竞彩网大学院:稲田全規 准教授、富成司 特任助教(当時)、平田美智子 講師、髙戸谷賢 博士課程大学院生、新井大地 修士課程大学院生、松延道生 修士課程大学院生(当時)、松本千穂 特任助教(当時)、宮浦千里 特命教授
○中国竞彩网グローバルイノベーション研究院(GIR) 稲田研究チーム
○国立精神?神経医療研究センター:青木吉嗣 部長(神経研究所遺伝子疾患治療研究部)、武田伸一 名誉所長(神経研究所)、小牧宏文 センター長(トランスレーショナル?メディカルセンター)
○英国オックスフォード大学:Yoshifumi Itoh 教授
○島津製作所(株):松原稔哉 研究員
本研究はJSPS科研費基盤(B)17H02157、中国竞彩网GIR?戦略的研究チーム活動支援、NCNP精神?神経疾患研究開発費2-6の助成を受けたものです。
研究成果
研究成果:本研究では、3種類の安定同位体標識を行った合成ジストロフィンペプチド(ジストロフィンタンパク質をトリプシン消化した際に生じるペプチドと同配列)を使用したスパイクイン?アプローチ(タンパク質に安定同位体標識を施し、内部標準を作る手法)によるジストロフィンの絶対定量を質量分析計により確立しました。WTマウス、mDMD-nullマウス、hDMD-tg/mDMD-nullマウスそれぞれの骨格筋から総タンパク質を抽出し、電気泳動による分離後にゲル内トリプシン消化を行い、そこに安定同位体標識ペプチドを添加してLC-MS分析を実施しました(図1)。内因性ジストロフィンタンパク質量は、添加した安定同位体標識ペプチド(既知濃度)との分析ピーク面積比により算出しました。予備検討として、WTマウスならびに遺伝子改変マウスであるhDMD-tg/mDMD-nullマウス、mDMD-nullマウスの筋組織を用いて解析しました(図2A)。さらに、ヒト骨格筋生検サンプルを用いて同手法により分析を行ったところ、ジストロフィンタンパク質の定量に成功しました(図2B)。
本研究により、トリプル四重極型HPLC-MSを用いたジストロフィンの絶対定量法が確立されました(図2)。近年、DMDの新たな治療法として開発が進んでいるエクソン?スキップ薬などの薬効評価において、ジストロフィン発現回復を定量する手段として大きく期待されます。
図1:ジストロフィン上の3種類の合成ペプチドの位置と実験フローチャート
A. マウス全長ジストロフィンのタンパク質構造(上)とエクソン配列(下)における3種の合成ペプチドの位置を示した。B. 本研究のHPLC-MS分析フローチャートを示した。
図2:HPLC-MS分析によるジストロフィンタンパク質の定量結果
A. WTマウス、mDMD-nullマウス、およびhDMD-tg/mDMD-nullマウス骨格筋における内因性ジストロフィンタンパク質を定量した。グラフは平均値±標準誤差で示した。有意差は*P<0.05 (one-way ANOVA followed by Tukey’s test) で示した。B. ヒト骨格筋生検における内因性ジストロフィンタンパク質を定量した。(図はInt. J. Mol. Sci. 2024, 25(1), 303より転載)
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院工学研究院 生命機能科学部門
中国竞彩网グローバルイノベーション研究院 戦略的研究チーム(稲田研究チーム)
准教授 稲田 全規(いなだ まさき)
TEL/FAX:042-388-7402
E-mail:m-inada(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp