光学顕微鏡を用いた非接触での高分子濃度の分布測定に成功
光学顕微鏡を用いた非接触での高分子濃度の分布測定に成功
中国竞彩网大学院生物システム応用科学府博士後期課程 田中優彦氏と工学研究院応用化学部門 稲澤晋教授は、光学顕微鏡の微分干渉法を用いて、蒸発途中の水溶液内での高分子濃度の分布を測定することに成功しました。また、得られた濃度分布から、従来手法では測ることが難しい高分子の拡散係数を算出し、高分子が溶けた溶液の蒸発速度と高分子の拡散係数に密接な関係があることを明らかにしました。生物分野などで広く用いられている微分干渉法[1]が、蒸発中の溶液内での濃度分布の新たな計測/観察手法として期待できます。
本研究成果は、Physical Chemistry Chemical Physics誌に11月19日に掲載されました。
論文名:How does the polymer type affect the rate of water evaporation from polymer solutions ?
著者名:Masahiko Tanaka and Susumu Inasawa
URL:https://doi.org/10.1039/D4CP03457K
現状
高分子を溶解させた溶液を塗布し乾燥させて薄膜を作製する手法は、ものづくりで多用されています。しかし、蒸発途中で高分子がどのように濃縮されて濃度分布が変わるのか、を簡易に計測する手段がなく、学術としての理解が不十分でした。このことは、膜の構造制御が難しいことにもつながっており、解決すべき課題でもありました。さらに、蒸発により高分子が濃縮されると、蒸発速度が著しく低下することも広く知られていますが、蒸発速度の低下が何で決まるのか、どのような情報があれば予測できるのか、も分かっていませんでした。
研究体制
本研究は、博士後期課程3年?田中優彦氏と稲澤晋教授の研究成果です。
研究成果
水溶性高分子を溶かした水溶液が蒸発する様子を、光学顕微鏡の微分干渉法を用いて連続写真として記録しました。また、蒸発開始からの時間に対する蒸発速度の変化を計測しました。高分子には、汎用性が高いポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコールのいずれかを用いました。また、高分子の種類毎に分子量(高分子のサイズ)を3~4種変更し、分子の大きさの影響も調べました。実験の結果、以下のことを明らかにしました。
- 顕微鏡写真内の輝度の分布は、予め計測して作成した2つの検量線[2](輝度と水溶液内の光路長勾配の検量線、水溶液の屈折率と高分子濃度の検量線)を用いることにより、高分子の濃度分布に変換できる。
- 水溶液中の高分子の拡散係数は、高分子の分子量だけでは整理できない。
- 溶液と空気の境目(界面)に高分子が集積すると、蒸発初期に比べて1/10程度まで蒸発速度が低下する。
- 蒸発速度の低下の程度は、水溶液内の高分子の拡散係数と逆の相関がある。
今後の展開
本研究では、細胞観察など生物分野で広く用いられている微分干渉法が、蒸発中の溶液内での濃度分布計測にも転用できることを示しました。蒸発中の溶液内部での溶質濃度分布は、計測する手段が極めて限られており、測定自体が難しいものです。微分干渉法が新たな計測手段として、広い分野で利用されることが期待できます。また、溶液と空気の境目での高分子集積と蒸発速度の低下を定量的に明らかにした点は、ものづくりでの蒸発速度の制御や予測を行う上で大事な基礎となります。
用語説明
[1] 微分干渉法
明視野観察では観察しにくいほぼ無色透明の試料を、光が通過する際の光の進み方の違い(光路差)によって明暗のコントラストを付けて立体的に観察する手法。
[2] 検量線
ある物理量(本研究の場合は光路長勾配や高分子の濃度)に対するある変数(本研究の場合は輝度や屈折率)の応答の関係をあらかじめ求め、その関係を曲線で示したもの。
図1 高分子溶液を微分干渉法で観察した透過像(あ)は、ガラスセル(い)を用いて撮影した。水の蒸発によって高分子が濃縮すると、ガラスセル内の溶液の位置によって光路長が変化する((い)参照)。光路長が変化した位置では透過像の明るさが変わる。(あ)では、明るくなっている部分で高分子が濃縮され、濃度分布が付いている。この明るさの分布を検量線によって濃度分布に変換した(う)。グラフ(う)は、同じサンプルを異なる乾燥時間(青、赤、緑の順で乾燥時間が長い)で計測した結果を示す。乾燥時間が長くなるほど、高分子の濃度が高くなっている。グラフ(う)の横軸は、(い)のx軸に対応する。
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院工学研究院
応用化学部門 教授
稲澤 晋(いなさわ すすむ)
E-mail:inasawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp