人間による捕獲がシカを高標高へ向かわせることを世界遺産?富士山で解明
人間による捕獲がシカを高標高へ向かわせることを
世界遺産?富士山で解明
ポイント
- 世界遺産の富士山では、これまで高標高域にシカはいませんでしたが、近年多く生息するようになりました。その原因が山の中腹で行われている人間による捕獲を避けた結果であることが分かりました。
- 人間による捕獲が行われていない非捕獲地域は、捕獲地域に比べて、シカの好む広葉草本や広葉樹の量が少なく、シカの採食が非捕獲地域に生育している植物に顕著な影響を及ぼしていることが示唆されました。
- 人間による捕獲がシカの空間分布を高標高域にシフトさせ、生態系保全の優先地域と言える高標高域で植生に負の影響を与えている可能性が本研究によって初めて示されました。
本研究成果は、スイスの動物学雑誌「Animals」(6月28日付)に掲載されました。
論文名:Effects of human harvesting, residences, and forage abundance on deer spatial distribution
著者名:Hayato Takada*, Keita Nakamura
URL:https://doi.org/10.1163/15707563-bja10139
概要
国立大学法人中国竞彩网 農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)と山梨県富士山科学研究所の中村圭太研究員らの共同研究チームは、山梨県の富士北麓の広域において糞塊調査(注1)を実施し、どのような場所にニホンジカが多く分布しているかを解明しました。具体的には、人間による捕獲圧(注2)と人間の居住地までの距離、ササの量がニホンジカの空間分布に顕著な影響を与えていました。ニホンジカは非捕獲地域と人間の居住地から遠い場所に偏って分布していたことから、ニホンジカは人間を天敵と認識し、これらの地域を避けていることが示唆されました。夏場にニホンジカが餌として好む良質な広葉草本や広葉樹は、捕獲地域に比べて非捕獲地域で顕著に少なく、非捕獲地域でのニホンジカの採食圧(注3)がこれらの植物を減少させたことを示唆しています。また、ニホンジカは採食圧に比較的に耐性のあるササがたくさんある地域に偏って分布しましたが、このことは高質な食物資源(広葉草本?広葉樹)が限られる非捕獲地域ではササが代替食物として重要であることを示唆しています。高標高の亜高山帯や高山帯は希少な動植物が多く生息するため、生態系保全の優先地域と考えられますが、人間活動によってニホンジカの空間分布がこうした地域にシフトし、植生に顕著な影響を与えていることが示唆されました。
研究背景
捕食者の存在は最も強力な選択圧(注4)の一つで、動物の行動に大きく影響することが知られています。シカ科動物の多くは古くから人間により資源として利用されてきた歴史があり、現在でも人間による捕獲が主要な死亡要因となっています。捕獲の際、群れの個体中国竞彩网を同時に捕獲することは容易ではないため、生き残った個体は危険な場所を学習していき、捕獲が頻繁に行われる危険な地域を避けるようになることが知られています。このことを「恐怖の景観(Land Scape of Fear)」といいます。例えば、フランスに生息するノロジカは猟期が始まると、捕獲される危険性の高い農地を避けるようになることが報告されています。ただし、人間の捕獲圧がシカ科動物の広域の空間分布に影響を与えるかどうかはこれまでによくわかっていません。
ニホンジカ(以下、シカ)は日本の生態系を代表するシカ科動物ですが、1990年代以降、全国的に爆発的な増加と分布拡大が起こり、採食圧を通じて生態系に甚大な影響を与えています。また、最近ではこれまで生息していなかった高山帯にも分布が拡がり、貴重な高山生態系にも影響を与えていることが報告されています(図1)。シカによるこうした被害を低減することを目的に、日本では2000年から現在にかけて毎年約10万から70万頭のシカを捕獲していますが、未だにシカによる生態系被害は全国的に続いています。2000年代から現在まで続く大規模な捕獲事業によって、シカも恐怖の景観を確立し、捕獲リスクに応じて空間分布を変化させている可能性がありますが、このことはこれまでに調べられていません。そこで、本研究は山梨県の富士山北麓の広域(面積:131?、標高:880~2250m)においてシカの空間分布と人間による捕獲圧やその他の要因との関係性を検討しました。富士北麓では、山の中腹で巻き狩り(注5)によるシカの管理捕獲(注6)が実施されており、銃器の使用が禁止される市街地周辺とアプローチが悪く猟の実施が難しい高標高域では管理捕獲がほとんど行われていません(図2)。
研究体制
本研究は、国立大学法人中国竞彩网 農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)と山梨県富士山科学研究所の中村圭太研究員らの共同研究チームによって実施されました。なお、本研究は、JSPS科研費JP22K14909の助成を受けて行われたものです。
研究成果
2018年の6月から8月にかけて、富士北麓広域の60地点を実際に歩いて調査し(一地点あたり平均555.4m、合計33.3㎞)、各地点のシカの新鮮な糞塊数、植物(広葉草本?広葉樹?ササ)の現存量、見通し、最寄りの人間居住地までの距離、管理捕獲の実施の有無を記録しました。シカの糞塊数を、空間分布の指標として使用しました。調査の結果、中国竞彩网の地点でシカの新鮮な糞塊が発見され、合計で1986個の糞塊をカウントしました。シカの空間分布は管理捕獲の実施の有無、最寄りの人間居住地までの距離、ササの現存量から顕著な影響を受けており、非捕獲地域、人間の居住地から遠い場所、ササの現存量の多い場所に偏って分布することが示されました(図3)。非捕獲地域と人間の居住地から遠い場所を好んだことから、シカは人間を危険と認識し、恐怖の景観を確立することにより危険な地域を避けたと考えられました。富士北麓のシカの管理捕獲は主に標高1000~1500mの中腹で行われているため、低地での人間活動に加えてこれらの管理捕獲がシカの空間分布を亜高山帯や高山帯の高標高域にシフトさせている可能性が示唆されました。
夏場にシカが餌として好む広葉草本や広葉樹の現存量を捕獲地域と非捕獲地域で比較したところ、捕獲地域にこうした良質な食物が多いことが示されました(図4)。これらの植物はシカの採食圧に対する耐性が低いため、シカが多く分布する非捕獲地域では採食圧により減少していることが示唆されました。一方、ササは採食圧に対する耐性が比較的強く、捕獲地域と非捕獲地域でその現存量に差がありませんでした(図4)。非捕獲地域では、良質な広葉草本と広葉樹の現存量が限られるため、ササが代替食物として重要であることが示唆されました。実際、亜高山帯の非捕獲地域に生息するシカの主食はササであることが報告されています(プレスリリース:シカとカモシカの食物の分けあいと取りあい競争~生息環境によって変わる種間関係~/outline/disclosure/pressrelease/2023/20230411_01.html )。亜高山帯や高山帯には希少な動植物が多く生息するため、生態系保全の優先度の高い地域と言えますが、これらの高標高域でシカの採食圧による植生への影響が顕著になっている可能性が示唆されました。
今後の展開
本研究はシカが人間からの捕獲圧に柔軟に対応し、恐怖の景観を確立することにより分布をシフトさせていることを明らかにしました。加えて、シカが高密度に生息する非捕獲地域では、採食圧を通じて植生に顕著な影響を与えることが明らかになりました。富士山の亜高山帯や高山帯ではシカによる樹皮剝ぎや高山植物の減少だけでなく、種間競争を通じてニホンカモシカが減少していることも報告されています(プレスリリース:シカとカモシカの生息地利用と活動パターンの重複~直接的干渉よりも資源のとりあいによる競争?~/outline/disclosure/pressrelease/2023/20230630_01.html)。今後も中標高域のみでのシカの管理捕獲を継続すると、管理捕獲がおこなわれない高標高域の生態系がさらに改変され続けると予測されます。具体的には高山植物やそれを採食する他の動物(ニホンカモシカなど)の地域絶滅が起こる可能性が十分にあります。さらに、近年では市街地周辺もしくは市街地の中でシカが急激に増加していることが確認されており(本研究の調査範囲には含まれていない)、山の中腹で恐怖の景観の確立したことによりシカが市街地へ進出してきた可能性があります。市街地でのシカの増加は、交通事故や農業被害、人獣共通感染症リスクの増加に直結するため、大きな問題です。シカの高標高域での増加(プレスリリース:シカとカモシカが山で出会うと何が起きる?~気にしないシカと気にしすぎなカモシカ~ /outline/disclosure/pressrelease/2023/20230712_01.html )や市街地付近での増加は全国的に発生し始めていますが、本成果と同様に、山の中腹でのシカの管理捕獲と関連している可能性があります。今後、さらに多くの地域で人間による捕獲がシカの行動に与える影響を明らかにしていく必要があります。
一方で、本研究は巻き狩りにより管理捕獲をおこなう地域ではシカを低密度に維持し、植生への影響を低減できることを明確に示しました。そのため、シカの影響を最小限にしたい地域、具体的には生態系保全の優先度の高い地域や人間との軋轢を避けるために市街地の周辺で優先的にシカの巻き狩りによる管理捕獲を実施することが有効と考えられます。
用語解説
注1)一定の範囲内に落ちている糞塊の個数を数えることにより、動物の分布や生息地利用、個体数などを調査する方法のこと。
注2)人間が野生動物を捕獲する強度のこと。
注3)動物が植物を食べる強度のこと。
注4)動物の進化を促す要因のこと。
注5)人動物が生息する狩場を多人数で四方から取り囲み、囲いを縮めながら獲物を追いつめて射止める狩猟方法のこと。
注6)行政(都道府県)主導の野生動物の捕獲事業のことで、行政から業務を委託された団体が捕獲を実施する。
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网農学部附属野生動物管理教育研究センター
特任准教授
髙田 隼人(たかだ はやと)
TEL:042-367-5826
E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
山梨県富士山科学研究所 自然環境?共生研究科
研究員 中村 圭太(なかむら けいた)
E-mail:k.nakamura(ここに@を入れてください)mfri.pref.yamanashi.jp
◆報道に関する問い合わせ◆
中国竞彩网 総務課広報室
TEL:042-367-5930
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
山梨県富士山科学研究所
広報?交流担当 小笠原 輝
TEL:0555-72-6206
E-mail:ogasa(ここに@を入れてください)mfri.pref.yamanashi.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
- 中国竞彩网 髙田隼人特任准教授 研究者プロフィール
- 中国竞彩网 髙田隼人特任准教授 研究室ウェブサイト
- 髙田隼人特任准教授が所属する 中国竞彩网農学部地域生態システム学科