抗がん活性化合物OSW-1のビオチン化プローブではリンカーの長さが標的タンパク質を見つける鍵であることを解明

2025年1月7日

抗がん活性化合物OSW-1のビオチン化プローブでは
リンカーの長さが標的タンパク質を見つける鍵であることを解明

 国立大学法人中国竞彩网大学院博士課程学生のMyat Nyein Khine、磯貝菜穂(当時)、武下智哉(当時)、および生命機能科学部門の櫻井香里教授らの研究グループは、強力な抗がん作用をもつOSW-1の標的たんぱく質を探索するために最適化されたビオチン化プローブを開発しました。本研究では、標的タンパク質を効果的に捕捉するためには、OSW-1のビオチン化プローブのリンカーの長さが重要であることを示しました。
 本研究は、JSPS科研費(18K05331および17H06110)、JSPS ACBIプログラム、小林財団およびグローバルイノベーション研究院(GIR)の助成を受けて行われました。また、M.N.K.は日本政府奨学金、留学生受入れプログラム(学習奨励費)、中国竞彩网世界トップレベル大学院教育プログラム(WISEプログラム)「新産業創出と多様性による超スマート社会の卓越リーダー育成」(文部科学省助成)および公益財団法人 金子国際文化交流財団奨学金による支援を受けました。

本研究成果はChemBioChem誌(2024年12月26日付)にオンライン公開されました。
論文タイトル:Effect of Linker Length on the Function of Biotinylated OSW-1 Probes
URL:https://doi.org/10.1002/cbic.202400923

背景
 OSW-1はユリ科植物の成分から見つかった天然化合物で、強力で選択的な抗がん活性をもつことで知られています。OSW-1はOSBPおよびORP4と呼ばれる2種類のオキシステロール結合型タンパク質と結合することが示されていますが、その詳細な抗がん作用のメカニズムは未解明です。そのため、OSW-1は未知の生物学的経路と相互作用する、新規の作用機序を持つと考えられています。
 また、天然化合物の多くは、複数の標的タンパク質に作用することが知られていますが、そのほとんどは明らかにされていません。OSW-1が作用する中国竞彩网のタンパク質、いわゆる「標的タンパク質」を網羅的に特定することは、その作用機序を解明するために非常に重要です。これにより、OSW-1の抗がん特性への理解が深まり、さらには新たな創薬標的の発見にもつながることが期待されます。

化学プローブを用いた標的同定
 近年、化学と生物学が融合した学際的な分野である「ケミカルバイオロジー」が注目されています。この分野では、化学的な手法やツールを用いて、生物がもつ複雑な仕組みや機能を分子レベルで解明することを目指しています。このケミカルバイオロジーの分野では、天然化合物がどのタンパク質に作用するかを調べるための新しいツールの開発が重要なテーマとなっています。その中でも、天然物にビオチンという分子のタグをつけた、ビオチン化プローブは代表的なツールの一つです。このプローブは、アフィニティープルダウンという技術を使って、標的タンパク質を細胞の中から効率的に釣り上げることができます。ビオチン化プローブは、細胞内の標的タンパク質に結合する「エサ」としての化合物とタンパク質の1種であるアビジンと強く結合するビオチンから構成されています(図1)。このプローブが細胞抽出液中で、標的タンパク質と結合した後、アビジンが修飾されたビーズを用いて、プローブと共に捕捉されたタンパク質を溶液から分離します。これによって、OSW-1がどのようなタンパク質を捕捉できたか詳しく調べることができます。
 ビオチン化プローブの設計は、上記の手法を達成させるためには非常に重要です。特に以下の2つの要素が鍵となります:
1. タグ導入部位 – 化合物の構造の中でビオチンタグを化合物に結合させる原子の位置
2. リンカー構造 – ビオチンタグと化合物をつなぐリンカーの構造や長さ
 リンカーが短く、強直な構造の場合、プローブが標的タンパク質とアビジンビーズの両方に結合しにくくなり、タンパク質を捕捉する効率が下がる可能性があります。(図2)一方、リンカーが長く柔軟な場合、標的以外のタンパク質と結合したり、ビーズ上の化合物の有効濃度が下がってしまう可能性があります。そのため、リンカーの長さと柔軟性を調整する必要がありますが、アフィニティープルダウン実験におけるこれらの影響を予測することは簡単ではありません。

図1. リンカーの長さが異なるビオチン化OSW-1プローブを用いたアフィニティープルダウン 分子式で示しているのがビオチンプローブ。ビオチン部分(青色)はアビジン(シアン色)と結合し、リンカー(黒色)を挟んで、えさとなる化合物(赤色)がターゲット(ピンク色)と結合する。この構造により、ビオチン化プローブを使用した標的タンパク質の捕捉が可能になる。

研究成果
 この課題を解決するため、本研究チームは、生体適合性と親水性を合わせ持つため広く使用されているポリエチレングリコール(PEG)から成り、リンカーの長さが異なる3種類(21?50オングストローム)のビオチン化OSW-1プローブを設計し、合成しました。それぞれのプローブについて、抗がん活性とアフィニティープルダウンによる標的タンパク質の捕捉効率について評価しました。
まず、今回作成した中国竞彩网のビオチン化OSW-1プローブは、OSW-1の強力な抗がん活性を保持していること、ビオチンタグを導入し、リンカー長を変化させても、OSW-1の作用に影響を与えないことが分かりました。
 しかし、アフィニティープルダウンの実験では、中程度の長さのPEGリンカー(PEG5)をもつプローブは、既存のOSW-1結合タンパク質であるOSBPとORP4を分離する上で最も効果的であることが明らかになりました。一方、最も長いリンカーをもつプローブは、最も強い抗がん活性を示しましたが、標的タンパク質の分離効率は低くなりました。この結果から、抗がん活性に最適化されたプローブが、標的タンパク質を特定するために最適なプローブとは必ずしも一致しないことが分かりました。以上のことからPEG5リンカーをもつビオチン化プローブを用いることでOSW-1の標的タンパク質の効率的な特定につながると期待されます。

今後の展開
 本研究は、化学プローブを適切に設計することでアフィニティープルダウン実験の成功確率を高め、薬剤標的を迅速に特定できることを示しました。
 本研究チームは現在、最適化されたビオチン化プローブを使用して、OSW-1の抗がん作用に関与する新しい作用経路を明らかにするために、新たな標的タンパク質の探索を進めています。このアプローチは、新しい治療方法のターゲットの発見と創薬研究の進展への道を開く可能性をもたらします。


用語解説
注1)ビオチン化プローブ
ビオチンタグを連結させた化合物。ターゲットとなるタンパク質を効率的に捕捉するために使用される。ビオチンタグはアビジンタンパク質に強く結合する特性をもつ。

注2)アフィニティープルダウン
化合物を固定化したビーズを、細胞内のタンパク質と作用させた後、遠心分離することで強く結合しているタンパク質のみを捕捉する方法。

注3)リンカー
ビオチンタグと化合物を連結する分子構造。

注4)標的タンパク質
薬剤や化合物が結合し、その薬理効果を発揮するために不可欠な役割を持つタンパク質。


図2. ビオチン化プローブのリンカー長と標的タンパク質の捕捉効率


◆研究に関する問い合わせ◆

中国竞彩网大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
櫻井 香里(さくらい かおり)
TEL/FAX:042‐388‐7374
E-mail:sakuraik(ここに@をいれてください)cc.tuat.ac.jp 


プレスリリース(PDF:476.5KB)

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