次世代計算技術の最前線:DNAコンピューティングとナノポア技術の融合が切り開く数学的計算から診断応用への新しい可能性

次世代計算技術の最前線:
DNAコンピューティングとナノポア技術の融合が切り開く
数学的計算から診断応用への新しい可能性

  国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授らの研究グループは、DNA分子を用いて情報処理をおこなうDNAコンピューティング技術の解読方法としてナノメートルサイズの孔を用いたナノポアデコーディングという独自の手法を提案し、世界をリードする重要な成果をこれまで多数発表してきました*。ナノポアデコーディングは、体液中の診断マーカーを用いたがん診断への応用も期待されています。本論文では、DNAコンピューティング技術とナノポアデコーディングについてこれまでに得られた重要な知見をまとめ、今後の展望と合わせて報告しました。

*本学プレスリリース:
「癌の迅速診断と治療薬の合成を同時に行うシステムを開発」
/outline/disclosure/pressrelease/2016/20170210_01.html

「組み合わせ問題を解くDNAコンピュータの出力情報をナノポアによりデコーディングすることに成功」
/outline/disclosure/pressrelease/2020/20210322_02.html

「ナノポアを用いた血中がんマーカーのパターン識別に成功!」
/outline/disclosure/pressrelease/2022/20220627_01.html

「ナノポアを用いてmicroRNA発現上昇?減少パターンの同時検出に成功」
/outline/disclosure/pressrelease/2023/20230913_01.html

本研究成果は、The Royal Society of Chemistryが発行するChemical Society Reviews(10月29日付)に掲載されました。
URL : https://doi.org/10.1039/D3CS00396E 
論文名 : Harnessing DNA computing and nanopore decoding for practical applications: from informatics to microRNA-targeting diagnostics
著 者 : Sotaro Takiguchi?, Nanami Takeuchi?, Vasily Shenshin, Guillaume Gines, Anthony J. Genot, Jeff Nivala, Yannick Rondelez, and Ryuji Kawano (?equal contribution)

背景
 DNAコンピューティングは、DNAの配列を利用して情報処理を行う技術で、次世代の計算方法として期待されています。DNAコンピューティングは、試験管内や微小な空間で数十億もの分子が同時に反応できることから大規模な計算を同時並行で行う能力があり、エネルギー効率が高く、さらにDNA分子自体が生体分子であるため生体適合性が高いという特徴があります。最近の研究では、DNAコンピューティングは数学的な情報処理から生物医学への応用へと広がり、特にDNA分子の生体適合性を活かした診断技術に注目が集まっています。DNAコンピューティングの出力はDNA分子であるため、出力DNA分子が持つ情報を利用するためには、人間が理解できる信号に変換する必要があります。ここで活躍するのがナノポア技術です。ナノポア技術を利用して出力DNA分子の情報を電気的なシグナルに変換するナノポアデコーディングは、出力DNA分子を簡単な操作で直接読み取ることができるため、DNAコンピューティングを実用化するための重要なプラットフォームとなっています(図1)。本論文では、幅広い読者に対してこれらの技術の基礎から応用までを体系的に紹介し、理解を深めることを目的としています。本研究は、2024年ノーベル生理学?医学賞で話題のmicroRNA(注1)や、同年ノーベル物理学賞で注目される人工ニューラルネットワーク(注2)に関連する重要な研究分野です。

研究体制
 本研究は、中国竞彩网大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授、同大学工学府大学院生?卓越大学院生の滝口創太郎(当時)、同大学GIR研究院の竹内七海特任助教、フランス国立科学研究センターのVasily Shenshin博士、Guillaume Gines博士、Yannick Rondelez博士、同センター?東京大学生産技術研究所のAnthony J. Genot博士、ワシントン大学Jeff Nivala研究助教授らによって実施されました。本研究はJSPS科研費15H00803?16H06043?19H00901?21H05229?22KJ1231?23KJ0853?26540160、欧州研究会議助成金94943、フランス国立科学研究センター助成金ANR-22-PEXM-0002の助成を受けたものです。

研究内容
 DNAコンピューティングは、DNAの配列依存的な分子挙動を利用した新しい情報処理技術として、近年では特に生物医学応用において大きな進展を遂げてきました。計算科学者のAdlemanによる1994年の有向ハミルトンパス問題(注3)の解決を皮切りに、DNAを使った論理ゲート(注4)や論理回路(注5)、ニューラルネットワークが構築されてきました。これにより、単なる数学的計算だけでなく、デジタル電子回路に似た計算モデルが構築され、さらにはmicroRNAなどの生体分子を入力分子としたDNAコンピューティングによる診断技術が発展しました。microRNAは多くの疾患に関連しており、体液を用いて検査を行う液体生検を通じた非侵襲的なサンプリングが可能であるため、有望な診断マーカーとして注目を集めています。こうした診断技術の実用化に向けて、ナノポア技術が重要な役割を果たしています。ナノポア技術を使ったDNAの解読は、従来の技術と異なりDNAの標識を必要としないため、実用化に向けて大きな期待が寄せられています。特に市販の小型ナノポアデバイスは、リアルタイムでのデータ取得が可能であり、臨床現場での検査への応用において重要なツールとなっています。

今後の展開
 DNAコンピューティングの実用化に向けた今後の課題は、情報処理精度や処理速度の向上です。ナノポア技術を利用した読み取り方法の進展も期待されており、特にリアルタイムでデータを取得できる手法が重要です。将来的には、これらの技術が医療分野だけでなく、環境モニタリングや日常生活の健康管理にも応用される可能性があります。特に、スマートフォンなどの身近なデバイスと組み合わせた新しい診断ツールが登場することで、より多くの人々がこれらの技術を利用できるようになることが期待されています。

用語解説
注1)microRNA
約22ヌクレオチドからなる小さなRNAの一種で、遺伝子の働きを調節する。主に特定のmRNAに結合してその翻訳を抑えることで、タンパク質の合成を制御する。これにより、細胞の成長や死、免疫反応などに関与し、がんや心疾患などの病気との関連が報告されている。

注2)人工ニューラルネットワーク
人間の脳の神経細胞(ニューロン)の働きを模倣した計算モデル。複数の「ノード」(ニューロンに相当)が互いに結びつき、情報を伝達しながら処理を行う。このネットワークはデータから学習し、複雑なパターン認識や予測、分類などを行うことができ、人工知能や機械学習の基本技術の一つとして広く使われている。

注3)有向ハミルトンパス問題
有向グラフ(矢印で繋がれた点の集まり)において、全ての点を一度だけ通るパス(道)が存在するかどうかを判断する問題。

注4)論理ゲート
入力された情報をもとに決まったルールで出力を出す仕組み。主に「0」と「1」で表される二進法のデータを扱う。論理ゲートはコンピュータの基本構成要素で、様々な論理演算(AND、OR、NOTなど)を実行する。

注5)論理回路
複数の論理ゲートを組み合わせて、より複雑な計算や処理を行う仕組み。各ゲートが「0」や「1」の信号を処理し、それらをつなげることで、特定の条件に応じた出力を得ることができる。


図1 入力分子の情報がDNAによって処理され、出力情報がDNA分子に記録される。このDNA分子をナノポア技術によって検出することで、DNAに記録された出力情報を人間が読み取れる形式に変換(デコーディング)可能となる。例えばがんマーカーを入力とする情報処理を行うことで、本技術はがん検査にも応用できる可能性がある。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 中国竞彩网大学院工学研究院
  生命機能科学部門 教授
  川野 竜司(かわの りゅうじ)
   TEL/FAX:042-388-7187
   E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

 

 プレスリリース(PDF:1.4MB)

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