2015年2月27日 高強度化と超短パルス化を両立させるファイバーレーザー装置
高強度化と超短パルス化を両立させるファイバーレーザー装置の開発に成功
― 材料加工、医療などの広範な分野への活用が期待 ―
国立大学法人 中国竞彩网【学長 松永 是】(以下「農工大」)大学院工学研究院の 三沢 和彦 教授は、中国竞彩网大学院博士後期課程大学院生の 千葉 雄平 氏とともに、共同研究先の独立行政法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」)が開発した光学素子を用いることで、パルス幅65フェムト秒の高強度レーザーパルスを直接発生する超高速イッテルビウムファイバーレーザー装置
[注1]
の試作機を完成させました。
今回開発した装置では、「利得狭窄補償フィルター」をレーザー装置内に組み込むことにより、65フェムト秒、0.1マイクロジュール(パルス圧縮前0.3マイクロジュール)という高強度超短パルスを3MHzの高繰り返し周波数で発生することを可能としました。65フェムト秒というパルス時間幅は、イッテルビウムファイバーレーザーから「直接出力される超短パルス」としては世界最高性能に匹敵します。
今回の成果により、小型化?低コスト化?高信頼化が期待できるファイバーレーザー装置単体で高強度と超短パルスを両立させることに成功しました。今後、光通信?光記録、材料加工、科学研究、先端計測、医療などの広範な分野で活用されることが期待されます。
なお、この研究は、産総研【理事長 中鉢 良治】電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】超高速フォトニクスグループ 高田 英行 主任研究員、鳥塚 健二 研究グループ長の研究チームと共同で実施した、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(A) <課題番号24244064>(研究代表者:三沢和彦)による成果です。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Optics Express』に近日中にオンライン掲載されます。
研究の背景と経緯
レーザー市場において、特に大きな用途は、情報通信、材料加工、医療?美容分野です。その中でも、製造現場で利用されるレーザー加工においては、材料の熱損傷や変質などを抑えて加工部位の品質を確保し、かつ処理速度を速めることが要求されています。この目的では、高強度のレーザー光をストロボスコープのように極めて短い時間に光強度が集中する超短パルスを出力し、かつ、なるべく小さなスポット径に集光するレーザー装置が理想的です。超高速イッテルビウムファイバーレーザーは、この目的に合致する最新のレーザーであり、近年需要が著しく伸びているレーザー装置です。
図1は、すでに各社から市販されているイッテルビウムファイバーレーザーの性能について、横軸にパルス幅、縦軸にパルスエネルギーをとってグラフにしたものです。一般にレーザー利得媒質の共通の特性として、光強度を上げると出力できるパルスの時間幅が短くできなくなる「利得狭窄」
[注2]
と呼ばれる性質があり、高出力化と超短パルス化を両立することが困難であることがわかります。そのために、従来のファイバーレーザーでは、高強度化と超短パルス化を両立することは困難でした。
今回、農工大の研究グループは産総研で開発した「利得狭窄補償フィルター」という光学素子を用いることで、パルス幅65フェムト秒の高強度レーザーパルスを直接発生する超高速イッテルビウムファイバーレーザー装置の試作機を完成させました。
図1:イッテルビウムファイバーレーザー市販品との性能比較
直線は、短パルス化と高強度化が両立する、これまでのおおよその限界線を示す。
研究の内容と成果
開発した装置の全景を図2に示します。フェムト秒の超短パルス発生には、パルス幅の逆数程度のスペクトル帯域幅が必要です。産総研で開発した利得狭窄補償フィルターでは、イッテルビウムファイバー増幅器で生じる利得の波長依存性を特別な設計の誘電体多層膜の波長依存性で相殺させます。その結果、出力スペクトルも広がってより短いパルスを発生することができます。
開発したレーザー装置はチャープパルス増幅法
[注3]
を用いています。まず、フェムト秒シードパルス発生器で小出力のフェムト秒パルスを発生させ、パルス伸長器でパルス時間幅を拡大します。イッテルビウムファイバー前置増幅器で増幅した後、増幅器で生じる利得狭窄を補償するために多層膜補償素子に透過させ、さらにイッテルビウムファイバー出力増幅器で増幅します。この出力チャープパルスを、農工大が優れた技術を持つパルス圧縮器で時間幅を縮小し、65フェムト秒パルスを得ました。図3に出力パルスのスペクトルとパルス波形を示します。1020nm~1075nmの広いスペクトル帯域とそのスペクトル形状から得られる理論限界に近いパルス波形が得られました。
図2:新しく開発したレーザーシステム全景
赤丸内に利得狭窄補償フィルターが組み込まれています。
図3:出力パルスのスペクトル(左)とパルス波形(右)
1020nm~1075nmの広いスペクトル帯域と
そのスペクトル形状から得られる理論限界
に近い65フェムト秒パルスを得ました。
社会的意義?今後の展開
今回の成果により、小型化?低コスト化?高信頼化が期待できるファイバーレーザー装置単体で高強度と超短パルスを両立させることに成功しました。今後、本装置を農工大のもつ優れた物質制御技術と組み合わせることにより、物質を分子原子レベルで自由に操作する基礎研究を展開していきます。
それだけでなく、レーザー装置として汎用性の高い本装置は、光通信?光記録、材料加工、科学研究、先端計測、医療などの広範な分野で活用されることが期待されます。
用語解説
[注1] イッテルビウムファイバーレーザー
増幅媒質として、コア部分にイッテルビウムイオンが添加された光ファイバーを用いたレーザー。蓄積エネルギーが大きく、入力光に対する出力効率が高い。ファイバー構造の革新で高平均出力が可能となった。増幅帯域も広く、工夫次第ではフェムト秒パルスの増幅も可能。
[注2] 利得狭窄
一般にレーザー媒質の増幅帯域は有限であり、利得(入力と出力の比)が最大となる波長から離れるに従って利得が減少する。そのため、レーザー光のスペクトル幅(波長の広がり)が利得帯域と同程度かそれ以上の場合、増幅するとスペクトル幅が狭くなってくる。この現象を利得狭窄と呼ぶ。
[注3] チャープパルス増幅法
フェムト秒レーザーパルスを増幅する際に高強度レーザー光によって光学素子自体が損傷したりビーム歪みが生じることを防止するため、増幅前にフェムト秒パルスの時間幅を拡大してピーク強度を減らし、増幅後にパルス幅を圧縮して高強度レーザーパルスを得る増幅法。