木質バイオマスリグニンの新たな化学修飾定量評価法を開発

木質バイオマスリグニンの
新たな化学修飾定量評価法を開発

  国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院応用化学部門の富永洋一教授と同大学大学院生物システム応用科学府博士後期課程(日本学術振興会特別研究員 DC1)の行貞(五月女)春香氏および産業技術総合研究所の敷中一洋上級主任研究員の研究チームは、木質バイオマスであるリグニンに多量に含まれるヒドロキシ基への化学修飾の定量評価について、固体核磁気共鳴分析(固体NMR)のDirect Polarization Magic Angle Spinning(DPMAS) の適用を検討しました。その結果、従来法では評価が困難であった溶媒溶解性が低いリグニン試料の化学修飾の定量評価が可能になりました。また、従来法は化学分析にリグニンの分解や化学修飾の前処理が必要でしたが、本法では不要になりました。更に、ヒドロキシ基への化学修飾がリグニン全体の化学構造に及ぼす影響についても評価する事ができるようになりました。この成果は、リグニンを用いた材料開発へ広く応用可能であるという観点から、今後、バイオマス資源が活用される持続可能な社会への貢献が期待されます。

本研究成果は、Analytical Chemistry (4月24日付) に掲載されました。
論文タイトル:Quantitative Characterization of Modified Lignin Using Solid-State 13C NMR Spectroscopy
URL:https://doi.org/10.1021/acs.analchem.5c01084

背景
 地球温暖化や資源の枯渇という社会的な背景を受け、石油資源に代わる新しい資源として、バイオマス資源の活用が望まれています。リグニンは、地球上で最も多く存在する芳香族系バイオマス資源です。カーボンニュートラル(注1)で安価で安定した供給があり、加えて、紫外線吸収性?抗酸化性等の機能が報告されている事から、材料用途などの高付加価値利用が期待されています。しかし、年間5000万トンほどのリグニンが製紙産業で副産物として生産されているにも関わらず、実際に有効利用されているリグニンはそのうち2%ほどに留まります。その一因として、リグニンの化学構造の不均一性とその分析の難しさが挙げられます。リグニンは、グアイアシル(G核)?シリンギル(S核)?p-ヒドロキシフェニル(H核)の3つの芳香族構造を基本単位とし、これらがβ-O-4?β-β?5-5等の結合様式で組み合わさる事によって、複雑な構造を持つ高分子になります。リグニンに多量に含まれるヒドロキシ基(-OH基)への化学修飾を行う事で、他の高分子への親和性の向上や機能制御等が可能になると期待されています。従来、このヒドロキシ基への化学修飾を定量的に評価するために、溶液核磁気共鳴分析(溶液NMR)が用いられてきました。特に、リン元素を測定核種とする溶液NMRは、リグニン中の多様なヒドロキシ基を区別して定量できるという利点があり、多くの既往の研究で使用されています。しかし、①低変性な(抽出過程での変性の程度が小さい)リグニンを分析する事が困難である、②分析前に化学修飾の前処理が必要で反応試薬が高価である、③目的とする化学修飾に分析前処理が与える影響が不明瞭である事が課題として挙げられます。

研究体制
 本研究は、中国竞彩网大学院生物システム応用科学府博士後期課程の行貞(五月女)春香氏を筆頭著者に、同大学の研究チーム (大学院先進学際科学府博士前期課程 平塚健太郎氏、学術研究支援総合センター機器分析施設 野口恵一教授、スマートコアファシリティー推進機構 加藤敏代産学官連携研究員、大学院農学研究院環境資源物質科学部門 松下泰幸教授、大学院工学研究院応用化学部門 富永洋一教授) と日本電子株式会社の芦田淳氏、森林研究?整備機構森林総合研究所森林資源化学研究領域の大塚祐一郎チーム長、産業技術総合研究所化学プロセス研究部門高分子機能応用研究グループの敷中一洋上級主任研究員との共同研究により実施されました。また本研究は、JSPS科研費(JP23KJ0867)およびJST未来社会創造事業(JPMJMI19E8)の助成を受け実施されました。

研究成果
 本研究では、化学構造を固体のまま直接分析する事ができる固体核磁気共鳴分析(固体NMR)をリグニンの化学修飾の定量評価に適用する検討を行いました。固体NMRの中でも定量分析が可能となるDirect Polarization Magic Angle Spinning(DPMAS)(注2)の手法に着目しました。
 本研究では、スギ木粉から同時酵素糖化粉砕法(SESC)で抽出したリグニン(SESCリグニン)を分析対象としました。SESCは植物粉に対し、多糖類の酵素分解とビーズを用いた物理粉砕を同時に行う事により、穏やかな条件でリグニンを抽出できる方法です。本法で得られたSESCリグニンは、製紙産業で得られる工業リグニンと比較し、高分子量?低変性である事が過去の研究により報告されています。SESCリグニンは低変性ゆえに溶媒溶解性が低く、従来法溶液NMRによる化学構造解析が困難なリグニンです。
 SESCリグニンのDPMAS測定を行うための条件検討では、SESCリグニン中の化学構造の中で芳香環が最も緩和(注3)が遅い事が分かりました。この結果に基づいて緩和遅延の条件を適切に設定し、SESCリグニンのDPMAS測定を行った所、工業リグニンと比較してβ-O-4などの結合が抽出過程で分解せず、多く残っている事が分かりました。この結果は、過去に報告されたSESCリグニンが工業リグニンと比べて低変性であるという知見と一致していたことから、リグニンの抽出法の違いによる化学構造の変性の程度をDPMAS測定によって評価できる事が明らかになりました。
 次に、図1の下部に示すように、SESCリグニン中のヒドロキシ基を無水コハク酸によってエステル化し、その化学修飾の評価をDPMAS測定によって行いました。エステル化前後のDPMASスペクトルを比較すると、エステル化後のスペクトルではカルボニル基(-C(=O)-基)のシグナルの増強が見られました。エステル化反応に関与しないメトキシ基(-OCH3基)のシグナル面積を1とした時のカルボニル基のシグナル面積比の増加分を算出する事により、化学修飾率を表すパラメータを得ました。以上より、従来法の適用が困難であった低変性SESCリグニンの化学修飾率評価を行う事に成功しました。本成果は、DPMASを用いてリグニンの化学修飾率評価を行った世界で初めての研究例です。更に、DPMASスペクトル全体をエステル化前後で比較する事によって、β-O-4等の結合がエステル化反応によって分解せず、目的とするエステル化を行う事が出来たと分かりました。これより、本法が従来法と比較し、化学修飾のリグニン構造全体への影響を評価できる点においても利点がある分析手法であると明らかになりました。
 以上より、DPMASは分析前処理を必要としない、低溶媒溶解性のリグニンにも適用可能な、リグニン全体の化学構造を分析できる化学修飾率評価法であると言えます。本分析はSESCリグニン以外のリグニン種、スギ以外の植物種、エステル化以外の化学修飾に対しても適用可能であり、今後、リグニンの材料化研究において、広く応用される事が期待されます。

今後の展開
 SESCリグニンは工業リグニンと比較して低変性であるため、リグニンそのものの機能を活かした高付加価値材料への利用が望まれています。本研究では、SESCリグニン中のヒドロキシ基に対する柔軟なポリマー鎖の導入を行う事による高機能材料化を計画しています。その上で、本研究成果であるDPMASを用いた化学修飾率評価を用いて化学構造評価を行い、新規SESCリグニン材料の化学構造と物性の関係を明らかにしたいと考えています。

用語解説
注1)カーボンニュートラル
人類の活動などによって大気中に排出される二酸化炭素(CO?)などの温室効果ガスの排出量と植物の光合成などによる吸収量を均衡させることで、全体として温室効果ガスの排出量が実質的にゼロになること。

注2)Direct Polarization Magic Angle Spinning (DPMAS)
固体状態では溶液状態と比較して分子の運動性が低いため、通常溶液NMRでは時間平均化されて消失する双極子相互作用や化学シフト異方性の影響を受け、固体NMRではスペクトルのピーク幅が広がってブロード化する。そのブロードなスペクトルを高分解能化するために、Direct Polarization(Single Pulse)、Magic Angle Spinning(マジック角回転)およびDipolar Decouplingを組み合わせたDPMASという手法が用いられる。対比されるCross Polarization MAS(CPMAS)の手法と比べ、定量的なスペクトルが得られる事が特徴の測定法である。

注3)緩和
NMRでは、原子核が持つ核磁気を強磁場中に入れる事で、磁場と順並行(↑)または逆並行(↓)の2種類へと整列させ(ゼーマン分裂)、そこに、特定の周波数の電磁波(ラジオ波)を照射する事で、磁場と順並行にある核磁気を逆並行のエネルギー状態まで励起させる(核磁気共鳴)。電磁波の照射をやめると、励起した核磁気は信号を放出しながら元のエネルギー状態に戻り、この信号を検出する事により、化学構造を解析するためのスペクトルを得る。この核磁気が元のエネルギー状態に戻る過程を緩和という。化学構造によって緩和にかかる時間が異なり、DPMASで定量的な評価を行うためには、ラジオ波の照射間隔を適切に設定する事が重要である。

    

図1:SESCリグニンのエステル化反応における化学修飾率の算出。算出された化学修飾率は、新規SESCリグニン材料の化学構造評価をはじめとして、リグニンを用いた材料開発に広く応用することができる。

◆研究に関する問い合わせ◆
 中国竞彩网大学院工学研究院
  応用化学部門 教授
  富永 洋一(とみなが よういち)
   TEL/FAX:042-388-7058
   E-mail:ytominag(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp


 

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